パールイデアのクリエイティブに欠かせないクリエイターを紹介するインタビュー企画「クリエイティブの美学」。今回は、パールイデアでペイントアーティストとして活躍する桐山高仁(きりやま たかひと)を紹介します。

「半分仕事・半分遊び」と本人が語る、自由度の高い制作を担当している桐山のクリエイティブの美学とは?

▲桐山 高仁 / パールイデア ペイントアーティスト。東京藝術大学の大学院を卒業。在学中は現代美術・映像・舞台美術などを行う。「具象作品をまるで描かなかったので、絵は下手くそ」…とは本人の弁であるが、パールイデアでは展示会やショールームなどを飾る1点モノのアート作品を中心に、時間を掛けた美術作品の様な凝った制作を行っている。

学生時代は、現代美術を中心に制作していました。家に大きな穴を開けたり、泥沼にTVモニターを設置上映したり、数万個のダンボールチップで透過性のある立体を作ったり・・・。

2004年に縁あってパールイデアに入社しマネキンペイントをする職に就いたのですが、当初は全くの素人でゼロから先輩のメイク師に教えてもらいました。そのうち本や壷など小さなプロップス(演出小物。例えば紳士服売り場にアンティークのタイプライターなどを置いたりして商品を素敵に見せるモノ)の塗装を依頼されるようになり、本なら題名や装丁を考えたり、壷なら何時代の何焼きかなど、そのモノ自身のキャラクターを考えて、勝手に面白がって制作していたんです。以来、自社展示会・ショールーム展示品などアイキャッチが必要とされるシーンで、マネキン・什器などを比較的自由に制作しています。

原型師が作ったFRPのマネキンやオブジェを最終的に彩色して仕上げる仕事ですので、完成形がいかに「モノとしての力を持つか」にこだわっています。制作の基本姿勢は「半分遊び」みたいな事を「遊び半分」でなく、力いっぱいやり切ること。まぁ、これが案外重労働で、ひとつの制作を終えると体重がぐっと落ちていたりもするのですが(笑)

また、新しい制作の度に必ず何かしら新しい技法や材料を導入し、一般のレンタル品の制作にもフィードバックできるように、制作過程を記録を残してメイク陣に紹介しています。

2009年:FRP製の壺プロップスへのペイント。
2014年:花の大皿(EURO SHOP 2014)…メッキマネキン2体を乗せ、反射でマネキンへの写り込みを意図しました。描画部分は、アクリル絵の具・筆描き。
2015年:ソファー【陽】 パールイデア東京スクエア内インスピレーションラボ用に制作。中古家具をリノベーションし、実際に布を垂らしたモチーフを見ながら騙し絵の手法で、革に直接描写しました。
2016年:ソファー【陰】 上記ソファー【陽】と似た矩形の中に対極をなす世界を描きました。
2018年:パールイデア本社内インスピレーションラボの扉。そしてそのエスキース(画稿)。主張の強い「つぎはぎ鉄板」とパールマネキン(旧社名)の初期ロゴで遊び感覚・大人の工作室を表現。塗料・ネジ・接着剤以外は全てラボの廃棄物で賄いました。
2018年:花マネキン(JAPAN SHOP 2018)…映像感・光のような軽みのある表現。
【制作工程】
1:花の写真を収集・廃棄マネキンにコラージュし、モチーフとする。
2:暗い部分でも出来るだけ黒の使用を避け、エアブラシで色を重ねながら描写。
3:ピンボケなども取り入れ、映像的に仕上げる。
2018年:樹マネキン(JAPAN SHOP 2018)…物質感・重量感を持った表現。
【制作工程】
1:描きたい樹を探し撮影
  (この工程がじつは大切、描きたいモノの方が上手く描けるものです。)
2:撮った写真を廃棄マネキンの上でフォトモンタージュし、モチーフに。
3:ヒビ・凹凸を作った下地の上から、木炭などで、ひたすら描写する。

入念に準備をして頂を目指す

仕事をする上で大切にしていることは何ですか?

他の人の仕事に敬意をはらって大切にすること、です。日常的には、リース商品の塗装などを行っているのですが、例えばお客様やデザイナーは一生懸命素敵な色を選択しているので、塗装色を作るときには一部のズレも無く指定された色を作る様に心掛けています。
またプロップスやオブジェなどのアート制作業務では、その時自分に出来る全てを注ぐつもりで取り組んでいます!

どんなところにやりがいを感じていますか?

1点モノの制作には、決まった方法がありません。ですからいつもオーダーが来ると、本当に出来るのか手探りで、不安で不安で仕方ないんです…。
登山家が様々なルートを検討し、入念な準備をする様に、試作・準備・制作・修正などの工程を経ながら、だんだんと頂に近づいていると感じられたときは、描いていて嬉しいものです。

大事にしているもの・ことは何ですか?

下手なりに描ききる事。良い悪いの勝負は、そこからしか始まらないと思っています。

尊敬している or 憧れの人はいますか?

ランナーだった頃の松野明美さん。140数センチ・35キロの華奢な体躯で、フルマラソンや1万を走り、ゴールすると決まって倒れこんでいました。スポーツ科学的には、そんな走り方は合理的でないらしいのですが、ギリギリまでやらないと気がすまない稚拙な純粋さに、心引かれるものがありました。
またもう一人、TVでのインタビューで「詩作する上で大切にしていることは何ですか?」との問いに「納期」と答えていた詩人の谷川俊太郎。生みの苦しみとか、アンテナの鋭敏さなどと言わず、真顔で「納期って大切です」と言う言葉選びのセンス・ユーモア・洒脱さ、大人の魅了を感じます。

もっとも影響を受けた本はありますか?

「スッタニパータ」 (ブッダのことば)
地球の歩き方・インド編の扉に必ず掲載されている、「犀の角のようにただ独り歩め」という言葉は、制作が上手くいかなくて落ち込んだときや、疲れが溜まって気分が下がった時の、回復の呪文です。

引用:”スッタニパータ”  セイロン(スリランカ)に伝えられた、いわゆる南伝仏教のパーリ語経典の小部に収録された経典のこと。

「”スッタニパータ”」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』より。
最近感銘を受けたできごとは何ですか?

メキシコ国境の壁(柵)にアメリカの建築事務所「Rael San Fratello」を率いるロナルド・ラエルとバージニア・サン・フラテッロが設置したシーソー。 問題の多い柵を支柱として利用してしまい、3本の角材とちょっとした金具のみで、世界に衝撃を与えるクールなインスタレーション。やられたなって感じですね。

ロナルド・ラエルのInstagram@rraelより
好きな空間を教えて下さい

大空間が好き。
建築家の黒川紀章により設計された福岡銀行本店の抜けた空間を、口を開けて見上げる。京都駅の大階段を上まで登り、振り返りざまに反対の階段を見晴るかす。岬の岩陰から唐突に現れた、試験航海中の戦艦大和を見る。

休日の過ごし方は?

自転車小旅行。無理の無いペースで60~70キロくらい走っています。

今いちばんしたいことは何ですか?

グッとくるマネキンを描く事。このために働いています。
プライベートでは、自転車で半年ほどかけて、インド縦断の旅がしたいです。暑い季節に北部のラダックから入り、冬に最南端コモリン岬に到着、とかいいですね~。修理技術の向上、ヒンディー語・タミル語の勉強など、準備の段階から楽しみたいと思っています。


犀の角のように、ただ独り歩め。

マネキンの仕事は、お客様のご希望を、具体的なアイディアをもってプランにする企画人、粘土の土くれから目的に合った形状を作る原形師、最後に色付けして仕上げる塗装・メイク師など、多くの人の手を引き継ぎながら完成していきます。全ての人の方向性が、ぴったり合ったとき(または、予想外に良い方向に展開して行ったとき)に見る人を感動させる空間が現れたりもします。そんな瞬間が気持ち良くて、また次の制作に向かっています。

私個人の制作については、次の三点を心掛がけています。
例えば、カール・ルイス や ウサイン・ボルト のようなトップアスリートの試合でも、予選通過や体力温存が目的のいわゆる「流した走り」は見ていて何も面白くない。たとえタイムは遅くとも全力で挑戦するランナーが、人の心を打つのだと言う事。先ずこれが基本。
第二に、作品と対峙するとき、未整理で全て詰め込むのは「未熟」。素人が一生懸命編集したホームビデオなど、カットの切れ味が甘くて、間延びした退屈なものになるのはこのため。
第三に、手馴れてくると過去のポケットから使いまわししたような(自己模倣のような)新鮮味に欠ける表現に流されやすいという事。
人に伝わるものというのは、最低でもこの三点をクリアして、飛び切り新鮮で、圧倒的に凄味のあるものだと思っています。…とはいえ、この境地には、いつも遠く及ばない自分でもあります。

スッタニパータの中で、修行する弟子にブッダはこう言います。

寒さと暑さと、
飢えと渇えと、
風と太陽の熱と、
蛇と虻と、
これらすべてのものにうち勝って、
犀の角のように、
ただ独り歩め。